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category :「慰安婦」問題

今夜はきっと焼肉でしょうね

長男U介は今日から4日間、
神戸女学院大学石川康宏ゼミと一緒に
韓国の視察旅行に同行しています。

去年は私と一緒に
今年は単独で出かけました。

今年は、
8月の「慰安婦」問題シンポジウムの取り組みを通して
甲南大学の男子学生との交流がひろがり
そしてさらに明治大学や龍谷大学の男子学生も合流。
U介は近畿大学なので、
沢山の大学生が参加して
かつてない大所帯のゼミ旅行になっています。

今夜はきっと
ミョンドンあたりの焼肉やさんで晩御飯でしょうね。

明日はナヌムの家を訪れ
村山一兵さんのいる歴史観を見学し
夜はナヌムの家で一泊、
そして明日は日本大使館前で水曜集会に参加します。

12日には「慰安婦」シンポの実行委員会があるので
早速報告をしてもらう予定です。

ちょっとした違和感

10日の日曜日に参加した
ドーンセンターで開催された「関西フォーラム 『慰安婦』決議に応え今こそ真の解決を!」

詳細は石川教授ブログに詳しいので、ぜひクリックを。

すぐにブログに書かなかったのは
自分の中でちょっと違和感みたいなものがあったから。


私がこのブログを書くのは
「書きたい」という湧き上がるものがとてもあるとき。
原動力になるのは「感動」「強い思い」、そして時には「怒り」「悲しみ」

関西フォーラムにはそういうものがなかった。

一言で言うと
「勉強にはなったんだけど、なんだか・・・・力がわいてこない」
という感じだった。

フィリピンの被害者の証言。
フィリピンでの支援活動。
アメリカでの下院決議の原動力となった市民運動の活動家の話。
EUでの決議採択の原動力となったアムネスティ・インターナショナルの活動家の話。

外国での状況を直接聞くのは初めてだったので勉強になったんだけれど、
朝10時から午後4時まで。
長時間聞きながら、
最終版の質問のコーナーを聞きながら
とても苛立ちを感じた。

「もっと私たちのこと、日本人の活動について問い直し、議論しなくていいのか」


ただ、アメリカ下院で決議推進の中心にたった
121連合のリーダーのアナベル・パクさんが発した
「アメリカでの活動の原動力は強い意志」
という言葉がとても印象にのこった。


これまでに経験したことのないシンポジウムだった

日曜日の

「私たちに何ができるか  若者たちと考える『慰安婦』問題シンポジウム」
の内容は
石川教授ブログに詳しい。

私は、事務局長をやってコーディネーターをやって司会をやったので
写真も何も取ることができなかった。

でも
実に気持のいい楽しいシンポジウムだった。

なぜか・・・。

みんな個人の意思で参加してきた人々であるので
とにかく自らの意思で「考える」そして「動く」。

私は「事務局長」ということだったが、
6月になってからは
自治体キャラバンが始まってしまって、
全然ちゃんと動けなかった。

でも、
そんな私の不備を実行委員のみなさんが
それも非常に自然にカパーしてくださった。
メーリングリストで流すだけで
次々と意見が出され、そして動いた。

すごいなあ
こういう作り方もあるんだなあと
正直、感動の毎日だった。

そしてシンポジウム当日の一人ひとりの発言も
ぎゅっと絞り込んだものだった。

「三分」「五分」という時間であれだけのことがしゃべるんだと
時間かければいいというものではないんだと
・・・・これも感動。

シンポジウムの内容もよかったけれど
私は、それに至るまでの毎日がとても楽しかった。

そんないままでに経験したことのないシンポジウムだった。


遂に今日です!

今日は8月3日。

遂に、今日の午後1時から「慰安婦」問題シンポジウムです。

200805071653242.jpg

昨夜は
シンポジストが集まって最終打ち合わせ。

私はコーディネーターです。

どれくらいの方がこられるのかが全くわからないので
それがちょっと不安ですが・・・



この取り組みを通じて
いろんな方と知り合えたことが財産。
そして、
各地で「慰安婦」問題に取り組む方たちの存在を知ったことも。

あなたもぜひおお越しください。

本日午後一時。
谷町線「天神橋筋6丁目駅」の上の
大阪市立住まい情報センターです。


仲間たちのブログでも紹介されています。

石川教授のブログ

藤田弁護士のブログ

丸ちゃんのブログ

慰安婦問題シンポにご参加ください

昨年の秋以来準備してきた

シンポジウム
「私たちに何ができるか――若者たちと考える『慰安婦』問題」
が来週に迫ってきました。

私は、
一昨年と昨年9月に韓国・ソウルにある
日本軍により強制的に「慰安婦」にされた女性たち(ハルモニとよびます)が暮らす
「ナヌムの家」を訪問しました。

きっかけは
神戸女学院大学石川康宏教授が
3回生ゼミとして取り組んでいる
「ナヌムの家」を訪問するゼミ旅行への参加を
広く呼びかけをされていることを知り、
2度同行させていただいたものです。

女子学生たちは
そうした学習や体験をもとに
報告集作り、そして講演など精力的にアクションをしています。

しかし、
私自身は自のアクションはなにもしていません。
これは、「ナヌムの家」を訪れた多くの「大人たち」がそうではないか・・・。

私は、昨年9月に「ナヌムの家」を訪れた時に大きなショックをうけました。
それはハルモニたちの高齢化です。
いまナヌムの家で証言ができるのは3人しかいません。

ハルモニたちにはもう時間がないのだということを
嫌と言うほど思い知らされました。
これは、
全世界中にいるハルモニと同様に
日本軍により「慰安婦」に無理やりされた人々も同様です。

ハルモニはじめ、中国やフィリピンの「慰安婦」とされた女性たちは、
辛い体験を多くの日本人に語ってくださっていますが、
日本でのその点での関心は驚くほどなく、進展もありません。

その女性たちの命がいま消えかかっているのです。

時間がない。

ぐずぐずしていてはいけない。

そんな思いを一緒にナヌムの家を訪れた仲間に呼びかけ、
そして2月には実行委員会を立ち上げ、
毎月準備をしてきました。

そして、
8月3日(日)午後、大阪市住まい情報センターホール(地下鉄天神橋筋6丁目駅上)で
シンポジウムを開催します。

当日は、
若い人達がシンポジストを務めてくれます。
私はコーディネーターをします。

あなたもご一緒に
私たちと考え行動しませんか。
シンポジウムへの参加をお待ちしています。

◆企画

1:00   主催者あいさつ

1:05   シンポジウムスタート          

1:10    石川康宏教授
       ……「慰安婦」問題の基本、様々な国での取り組み、問題解決に向けた最近の動き

1:50    村山一兵さん(ナヌムの家・日本人スタッフ)……「ナヌムの家」のハルモニたち、韓国から日本の動きを見て、そしてなぜ村山さんがいまナヌムの家で活動しているのか

2:30   ※休憩10分

2:40    甲南大学生……「ナヌムの家」を訪れて、証言集会に取り組んだ思いなど。

3:00    神戸女学院学生……水曜集会に参加して、講演や本づくりへの思いなど

3:20    フロアーからの発言40分

4:00    二巡目の発言20分(各5分)

4:20    よびかけ「私たちにできることはなにか~ご一緒に考え、行動しましょう(案)」

4:30    終了

200805071653242.jpg

    

私たちに何ができるか・・・を探るシンポです

まだちゃんと紹介していなかった
「慰安婦」問題企画のチラシができました。

200805071653242.jpg


20080507165324.jpg


企画内容についてお知らせします。
私はシンポジウムのコーディネーターをします。
このシンポジウムのシンポジストは、
石川教授以外は全て20歳代の若者です。
「慰安婦」問題にどう向き合い、
自分たちに一体何がでるのかをともに考える取組をめざしています。

ぜひご参加ください。

□日時  2008年8月3日(日)午後1時から4時半

□会場  地下鉄天神橋6丁目駅上の大阪市天6住まい情報センター

□シンポジウム企画

 シンポジスト  神戸女学院大学・石川康宏教授
           韓国・ナヌムの家研究員・村山一兵さん
           神戸女学院大学生
           甲南大学生

いろんな方に出会いました

連休最終日の昨日
朝、8時15分に西九条に到着。

「私たちになにができるか
若者たちと考える慰安婦問題シンポジウム」
実行委員会メンバーも続々終結して、
みんなで、舞洲アリーナに向かう。
コンビニでは、冷たいビールを買うことも忘れずに・・・・。

舞洲アリーナでは終日、9条世界会議in関西が開かれる。
シンポジウムのビラをとにかくまく、
というのが最大の目的。

9時半にはブースの準備も終了・・・
すでにお客さんがたくさん入ってくる。

目の前を沢山の知り合いと
沢山の私を知っている人が通っていく。

これまでの学習会の参加者も多いみたいで、
私の顔を良く知っていて、私が知らない・・・というケースも多々。

今日も着物だったので、
「ああ、この前きてくれた着物の先生っ」
という感じで声をかけてくれる方も沢山いた。
顔を覚えていなくても、着物が相当印象にのこっているようで・・・。

20080507055608.jpg


「事務局長ブログ、いつも読んでます」
「ブログ読まないと一日が終わりません」
・・・・なんて声を掛けてくれる方も数名。

チラシは、3000枚を配布。
全体の参加者が8000~9000人ということだったので、
3人に1人にはビラを渡したことに。

このシンポジウム実行委員会は全て個人参加で成り立っている。
実行委員会は3月から月1回ペースで開いているが
楽しいのは毎回メンバーが増えていること。
そして、個人参加なので、もちろん組織決定は不要
自分の意思がそのまま反映でき、
それはチラシ作りで威力が発揮された。

私ももちろん個人参加。

4時半に終了。
女性陣は会場からタクシーに乗り西九条へ向かう。
現役大学生からは
就活(=就職活動)の理不尽さを聞く。

中身の濃い一日はこうして終了。

私はブースを殆どはなれずに一日をすごしたので、
9条世帯会議in関西の全体像は
同じく実行委員メンバーの
石川康宏教授のブログで。

明日、舞洲でお会いしましょう

明日5月6日、舞洲で9条世界会議in関西が開かれます。

私は、舞洲アリーナ2階ブースで

「私たちに何ができるのか 
若者たちと考える『慰安婦』問題シンポジウム
実行委員会」
としてお店をだしております。

そこで何をしているのか?

そこでは、出来たてほかほかのシンポジウムチラシをまきながら

「慰安婦」問題について考えるコーナー
 +
神戸女学院大学石川康宏教授サイン会と書籍販売
 +
フェアトレードグッズ販売
 
などをやっております。

私は、着物を着ていく予定ですので、
見かけたら
ぜひともお声かけをお願いします。

舞洲アリーナへは
桜島より常時バスが出ているようです。

関西での「従軍慰安婦」企画実行委員会に参加しませんか

以下は
私が大阪社保協事務局長ではなく、個人で取り組もうとしている企画です。
でも、この企画でも事務局長をやっております。

2006年・2007年、韓国・ソウルの「ナヌムの家」を訪問したものとして
ここ関西で行動をしなければと思っています。

ともに行動したいと思われる方がおられましたら
ぜひご参加ください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

みなさまへ 
       
私たちは神戸女学院・石川康宏ゼミとともに2006年、2007年に「ナヌムの家」を訪れたメンバーとその仲間たちです。

ナヌムの家とは、元日本軍によって従軍「慰安婦」にさせられた韓国のハルモニ(おばあさん)たちが暮らす家です。

さて、ナヌムの家には年間5000人が訪問し、その半数は関西からの訪問者であると現地スタッフから伺っています。

私たちは、昨年9月に「ナヌムの家」を訪れた時に大きなショックをうけました。

それはハルモニたちの高齢化です。

いまナヌムの家で証言ができるのは3人しかいません。

私たちは、ハルモニたちにはもう時間がないのだということを嫌と言うほど思い知らされました。

これは、全世界中にいるハルモニと同様に日本軍により「慰安婦」に無理やりされた人々も同様です。

ハルモニはじめ、中国やフィリピンの「慰安婦」とされた女性たちは、辛い体験を多くの日本人に語ってくださっていますが、日本でのその点での関心は驚くほどなく、進展もありません。

ハルモニたちが一番望んでいるのは、日本政府の公式謝罪と公的補償であり、そして私たち日本人の行動です。

今年私たちに証言をしてくださったハルモニは証言の最後に「私たちの真実を記録してほしい。そして日本にいる人たちに伝えてほしい」と繰り返し繰り返し言いました。

そうした言葉を受けて、神戸女学院大学・石川康宏ゼミの女子学生たちは、いま精力的に講演活動などを行っています。

一方、慰安婦問題で日本に公式謝罪を求める国際的な動きが急速に高まっています。

2008年7月アメリカ下院議会が決議採択、11月オランダ下院とカナダ下院が決議採択、欧州議会が12月に決議採択をしました。

いま日本が慰安婦問題に対してどのような態度をとるのかについて国際的な注目を浴びているにもかかわらず、国内的には殆ど知られず、議論もされていません。

私たちは、いま「慰安婦」問題を多くの方に早急に知らせ、議論を起こす必要があると考えます。

また、民主党が参議院で過半数を取ったことにより情勢も変わり、2000年以降国会に提出されている「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する方針」の実質審議も可能となっています。

私たちはここ関西で、慰安婦問題に関心を持つ多くの方々とともに、一緒に考え、一緒に行動する企画を
2008 年8月、大阪市内で開催予定です。

企画の目的は下記の3点です。

①国外で様々な動きがあるのに一向に国内で取り上げられない「慰安婦問題」を主要な問題にするための取り組みとする。

②若い人たちにスポットをあてて若い人たちの視点から慰安婦問題を語っていただく取組とし、今まで慰安婦問題を知らなかった人たちが気軽に足を運べるものとする。

③その上で、だれでも参加できる「慰安婦問題」解決への道を探る。

つきましては、こうした取組みの実行委員会を
来る3月18日(火)午後7時~大阪国労会館地下会議室

で開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

あなたにも伝えたい~ハルモニからの宿題

今年のナヌムの家訪問でご一緒した
М尾さんが
ご自分のブログに
今年の9月11日、ナヌムの家で私たちに話しをしてくださった
ハルモニの言葉を詳細にアップされていました。

以下、紹介します。

読んでいただければ
なぜ私たちが
いま動きだそうとしているのか
きっと解って頂けると思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神戸女学院大学石川ゼミ韓国旅行
「ナヌムの家」訪問
2007年9月10日~13日・・・・・取材同行記②


私は釜山生まれです。
家が貧しかったので学校には行けませんでした。

15歳の時、よそに仕事に出されましたが、
いじめられたり殴られたり悪口を言われたり、
毎日苦しい生活でした。

そこからさらに他の所へ仕事に行かされ
1年ぐらいたったある時、お使いの途中に突然、
身体の大きな2人の男に捕まえられ
トラックの荷台に投げ込まれました。
そこには自分と同じような女性が5人いました。
降ろしてほしい、家に帰してほしいと言うと、
男がトラックに上がりこんできて私の口を塞ぎ、
手足を縛りました。
どこに行くのかわからないまま出発、
夜になると今度は汽車に乗せられ川を渡りました。
中国のトムンという場所で一晩寝ることになったのですが、
私たちは刑務所か牢獄のようなところに入れられ、
食べるものは何も与えられませんでした。
なぜか1人だけ別の部屋に入れられた私は、
電気もなく真っ暗な部屋で、
一晩中泣きながらうろうろしたり出ようとしたりして、
足を痛めてしまい病気になってしまいました。
今でも足のせいで苦労しています。

■なぜ歴史を消そうとするのか

日本政府は、無理矢理連れてこられた人は1人もいないと言います。
自分から進んで行ったとか、お金のために行ったとか、
そういうことばかり言います。

でも自分で行ったとしたら
なぜこんなに苦労をして痛い思いをして生きてきたのでしょうか。
そんなことは絶対ない。
中国から私が何をもって帰ってきたか。
結局それは病気だけでした。
身体はボロボロになってしまった。
それなのになぜ今でも
日本では「慰安婦」の歴史を消そうとするのでしょうか。

被害者たちは今、
80歳以上のおばあちゃんです。
今日死ぬか、
明日死ぬか
わからない中で生きている。

みなさんのような学生たちの前で
本当にあったことを話すのは嫌ですし、
恥ずかしい思いでなかなか話ができないのです。  

学生のみなさん、
私が話すことを
一つひとつしっかり記録して残していってください。

こうして話すと嘘かもしれないとか、
本当なのかなと思うかもしれませんが、
これは嘘ではありません。

私は日本語はまったく話せませんでした。
けれども慰安所の生活の中では
日本語を話せと強制され、
もし朝鮮語を話したら罰金を払えと言われていました。
無理やりに迫られ
簡単なあいさつ言葉ぐらいを覚えて生きてきました。

■「犬に食べさせてしまえ」と日本兵

慰安所には14才の少女もいました。
ある日、彼女は日本人たちに殺されてしまいました。
こいつは言うことを聞かないといって、
刀で心臓を刺されて殺されてしまったのです。
死んでしまった彼女をどうしたかというと、
市内の道端に捨てて犬に食べられろと言っていました。
本当にこういうことがあっていいのでしょうか、
こういうことが許されるのでしょうか。

私たちがやめてくれと言ったり、
とめたりしたら、
同じように私たちもひどいことを受けてしまう。
だからとめることはもちろん、
声も出すことができませんでした。
慰安所ではこのような残虐なことがよくありました。

11歳の幼い子が連れて行かれたこともありました。
道を歩いている時、水汲みに行っている時、学校に通う途中・・・。
夜中にお母さんに抱かれていたところを
引き剥がされ連れて行かれたり、
さまざまな形で無理やり連れて行かれ人がたくさんいるのです。

慰安所だけではありません。
朝鮮人の何十万人という男や女が
強制的な奉仕活動や兵役を課せられたり、
工場で働かせられたり、
病院の看護師として連れて行かれたり、
さらに少女たちに対しては「処女供出」ということも行われ、
「慰安婦」にさせられていったのです。

今の日本は北朝鮮が何人連れて行ったとか、
拉致のことばかりを言っているけど、
私たちは何十万人も連れて行かれた。
そのことをどうするのか。
どのように考えているのでしょうか。

それを考えると、
はらわたが煮えくり返るような苦しい思いになります。

■日本政府は記録を出しなさい

日本政府の人たちにまず言いたいのは、
日本の中に必ずあるはずの記録を出しなさいということです。
慰安婦に関する記録や証拠を出してほしい。
そうすれば本当の歴史がわかるし、
私は謝罪とか賠償などはいりません。

私には何が必要かといえば、
記録を出せということです。
必ず記録は日本の中にあるし、
そうすれば何があったのかはわかるのです。

当時慰安所の中で女性たちを管理していたのは軍隊でした。
私の慰安所は29部隊という軍隊が管理していました。
私は富子という日本名を付けられていました。
それでも日本政府はうそだというのでしょうか。

私たちはこれからどのように生きるべきなのでしょうか。
平和的に生きるべきなのか、
それとも戦争をして生きていくべきなのか。
再び戦争をすれば被害を受け、
傷つく人がたくさん出ます。
なのになぜまた戦争をしようとするのか。

■米国にではなく私たちに謝れ

慰安所で体験したことが良いことであれば
みなさんの前で話もできますが、
いいことは1つもなかったし、
そういうことを話すのはとてもむずかしくて
なかなか言えません。

私のここに刀傷があります。
日本の少尉に付けられました。
私が言うことを聞かないといって何度も殴った後、
刀で切ってきたのです。
刀を刺すときは刺してすぐに抜くのではなくて、
刺したものを捻って傷つけていじめる。
だから本当にひどく痛かったです。

また慰安所から逃げ出そうとして憲兵に捕まり、
何度も殴られ刀で足を刺されました。
その痕がこれです。

私は繰り返し暴行を受け目にも耳にも障害が残りました。
歯も抜けました。
もし私が憲兵に殴られたとき死んでしまったら、
このようにみなさんに合うこともありませんでした。
日本人は本当に怖い存在でした。

安倍という人は本当にひどい人です。
彼は被害を受けた韓国の女性たちの前で謝るのではなくて、
アメリカ大統領の前で謝っています。
こんな人が日本の首相になっているようでは
日本は良くなっていかないでしょう。

■元「慰安婦」が死ぬのを待つ日本

学生のみなさん、
大学で勉強することはどんなにいいことでしょう。
お父さんやお母さんが学校に通わせてくれて
本当に幸せだと思います。

これから私たちは
戦争をしないで平和的に生きなければいけません。

日本政府はお金がなくて
被害者に謝罪しないのではありません。
日本はお金をたくさん持っていますが、
実は私たち「慰安婦」被害者が死ぬのを待っているのです。
そしてその後に再び戦争をしようと、
戦争の準備をしているのだと思います。
安倍は本当は利巧でずる賢いのでしょう。

学生のみなさん、
しっかり勉強して国を守ってください。
よく考えてみてください。
戦争をするのはいいことなのでしょうか。
戦争が好きですか。
平和的に生きていかなくてはいけないでしょう。

■死んだことになっていた私

戦争が終わると私たちは山に捨てられました。
日本軍が連れて行ったのだから、
日本軍がしっかりと連れて帰るべきであるにも関わらずです。

現在、
日本をはじめ海外で生活している朝鮮人が多いのはなぜか、
結局それは日本のせいでそうなったのです。

私は
日本軍に15歳のときに中国に連れて行かれて、
その後中国で58年間生活し、
2000年になってやっとここに帰って来ることができました。

文字を学ぶことができなかったので、
手紙を送ることができませんでした。
だから韓国の家族は私が死んだものだと思って
死亡申告を出していました。
韓国に戻ってきた時に私は、
死んだ人になっていたのです。
さらにその後の私は国籍がなくて大変苦労し、
そのことがとても辛かった。

私の人生はなぜこうなってしまったのでしょか。
日本がこのようにしたのです。
日本のせいでこうなりました。
当時の日本の政府や軍隊のことを考えると
一つもいいことはないと思っています。

■あなたたちに罪はない

私たちが話をする時、
日本はひどい国だということをたくさん言います。
だけど日本の人たちみんなが悪い人だとは思っていません。
ここに来たあなたたちは
日本の歴史を知らなかったから
それを学ぼうと思ってきている人たちです。
あなたたちに罪はありません。
昔の日本の人たちが政治を間違えてしまって
悪いことをしたり、
ひどいことをたくさんしてきたのです。

にも関わらず、
日本の社会の中で、
お金を稼ぎに行ったとか、
自分から行ったのだと言われることは
本当にひどくて悔しい思いでいっぱいです。

日本からここに来る人はたくさんいますが、
日本政府の人たちがここに来て、
私たちの前ですみませんでしたとか、
苦労かけましたとか、
そのように謝ったことは1度もありません。

みなさんが
私たちハルモニに会いたいと思って来たり、
知ろうとして来たり、
そのようにしてここに来ることは
とてもいいことで、
あなたたちに罪はありません。

これで終わりにしましょう。
長い時間聞いてもらってありがとう。

(通訳:村山一兵氏、取材:機関紙出版・丸尾忠義 2007年9月11日「ナヌムの家」で)

来年大きな取り組みします

来年5月に
従軍慰安婦問題での
全国的な取り組みを
大阪で開催することを決めました。

これは
大阪社保協事務局長としてではなく
個人として取り組みます。

でも
詳細はこのブログで随時報告していきますので

賛同していただける方は
是非とも
ご一緒に

急がなければならない

昨年も同時期に韓国に行った。

日本軍、つまり日本という国家によって
無理やり拉致されだまされ連れ去られ
「慰安婦」とされた女性たちの多くは
いま八十才を超えている。

こうした方々を韓国では敬意をこめてハルモニ(おばあさん)と呼ぶ

ナヌムの家はハルモニ達がくらす家。

今年訪ねてみて
ハルモニが年老い体調が悪く
私たちに話してくれるハルモニがいま二人しかいないこと。
昨年元気で一緒にカラオケで盛り上がったハルモニも
体調が悪く元気がなくなっていたこと。

ハルモニの命の灯りが消えてしまいかけている・・・・

ハルモニは最後の力を振り絞って、
そして命をかけて
私たちに問いかけているのだと
時間は限られている
いそがなけれはならないと強く思った。

今回証言をしてくれたハルモニは何度も何度も私たちに語りかけた。

「強制連行はない、金目当てで行ったという人がいるが、私は絶対に自分から行ったのではない」
「15歳の時に道を歩いていて二人の男に腕をつかまれ犬のようにトラックに放り投げられた」
「そこには私以外にも6人の女の人がいた」
「私は中国につれていかれた」
「14歳で刀で刺され、死なないから心臓をつかれ、犬のように捨てられた女の子もいた」
「私のいうことを記録して伝えてほしい」
「謝罪や賠償よりも記録を出してほしい」
「あなたたちは学ぶことができて幸せだ」
「日本はお金がなくて賠償しないのではない。」
「安倍首相は馬鹿だと思うが、私たちが死ぬのを待っている。そういう意味では賢い」

・・・・1時間繰り返し繰り返し語ってくれた。

ハルモニの言葉一つ一つがひびいた。そして、私にこう問いかけた。

「聞いているだけでいいのか?」
「あんた去年もきて、一年間なにしていた?」
「私たちは命をかけて闘っている、今年も何もしないのか」
「思っているだけではだめだ、行動しないと」

ハルモニの時間はあとそんなにない。

急がなければならない。


(証言の様子の詳細は石川教授のブログでhttp://walumono.typepad.jp/blog/2007/09/post_51c7.html

プロフィール

crecre

Author:crecre
大阪の社会保障のことなら何でもまかせて・・・といえるようになりたいと日々勉強勉強
大好きなものは・・・
着物、旅行、露天風呂、読書、映画、足つぼマッサージ、料理(なんでも作ります。特にパスタははっきりいって、そのへんのイタリアンには負けませんし、時間さえあればピザも生地から、餃子も皮からつくります。煮物も大得意です。最近パンも焼いています)
大好きな人たちとの楽しいおしゃべり+美味しいお料理。
表計算ソフトのエクセル・統計が大好きです。
大切なものは・・・もちろん2人の息子、そして三匹のにゃんず。
性格は・・・非常に前向き、後ろは殆ど振り向きません。

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