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date :2014年10月

最近のにゃんず

常に私の一番近いところにいのは末っ子ここちゃん。
お「お風呂入るよ~」と声をかけるとお風呂場にやってきます。

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女子たち。
しろいこはちーちゃん。
のら歴ゼロのうちのお嬢様。

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気温がさがってくるとねこはよりあったかいところへ。

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最終的にはくっついてぎうぎう。

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お正月にきものをきませんか?三田で簡単着付け講座第二弾やります!

今月、三田の実家で二回、簡単着付け講座をしたのですが、
それが大好評だったようで、
12月に第二弾としてすることになりました。

チラシをつくりました。

お近くの方、ぜひ!!

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きもので京都おでかけ会

8月に9か月間続けてきた「きものを楽しむ講座」を終了したのですが、

生徒のみなさんから、
「終わるのはとても残念」
「講座がなくなったらきものをきる機会がなくなる」
「またみんなで集まりたい」
・・・・・などなどのうれしい声をいただき、

それなら、きものをきてお出かけしましょうということに。

先週の土曜日はその1回目。

京都なので、いつもよりおめかし。
紬を染めたつけ下げと紬帯。
私には珍しく淡い色系で。

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午後2時に京都市役所集合。
京都市役所前では、フリマ絶賛開催中でした。

すでに沢山の参加者のみなさんが。

なんと10人もの方が!!
私のブログをみてという方もいて、新しい方が4人も。

行き先は私の大好きな寺町界隈。
京都市役所を北にあがります。

ここは、観光客がほとんどこない落ち着いた穴場だけど、
いいお店が沢山あって、本当に楽しいところです。

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きもの女子がこれだけ集まるとちょっとしたものです。

いろんな方から、
「なにかあるんですか?」と聞かれましたけど、
なーんにもありません。
ただきものが好きで集まってるだけです。

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みなさん、とっても楽しそう。

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親子できものも素敵です。

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散策のあとは・・・・・
みんなで居酒屋で乾杯~。
美味しい肴と美味しい日本酒でご機嫌でした。

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こんなあつまり、いいなあ。

次回は、来年1月10日、「きもので京都の十日戎と東山界隈を楽しむ会」を企画します。
待ち合わせ時間と場所はまたこのブログでご紹介しますね。
きもの好きな方、どなたでも自由にご参加くださいね。

大阪市の区役所の課長さん、大阪市のことなんですからもうすこし勉強したらいかがですか

今日の午前中は住吉区役所キャラバン。

今日、なんだかな~と思ったのは介護保険の課長。

大阪市には24区役所あって、
行政方針をきめるのは当然大阪市役所で、
区役所でどうのこうのということができないということは理解できる。

でも、
大阪市で開催されと出された資料とか、
ホームページ上ですでにアップされているものとか、

私たちが知ることができるものを
なんで区役所の課長がちゃんと見ていないのかと、
頭に来た。

いま、介護保険では、来年から第6期になるということで、
巷では、「要支援」の方たちのホームヘルプサービスとデイサービスがどうなるのか戦々恐々としている。

それで、今日、地域のケアマネジャーからだされたのは
「来年度から、要支援の方たちがどうなるのか、
利用者さんから沢山の不安の声がだされている。
私たち事業者は説明しないといけない。
大阪市は新総合事業はどうなるのか、聞かせてほしい」
と。

課長が答えたのは
「まだ国の方できまっていないことが多いし
大阪市からもなにもきいていないので答えられない」と。

おいおい、
先週の10月15日、
大阪市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画策定のための
高齢者福祉専門分科会が開催されて
第6期の給付見込でてますやん。

私は傍聴したので、内容もfax通信に書きましたよ

スケジュールもだされていて、
大阪市は10月下旬から11月までさらに素案の修正・検討作業を庁内的にやって、
12月5日の次回の専門分科会で「計画素案」を出して
その後1ケ月パブコメやると書いてますやん。

っで、なんで私が知っていて、課長が知りませんねん。
課長の考え方をきいてるてんじゃないんですよ。
今、大阪市がどういう作業をしていて、どういうことを検討しているのかを聞いているのに、
なにも決まってません、聞いていませんと言い切るのか。

それは課長が知ろうとしていない、
私たちとの話し合いがあるのに事前になんの準備もしていないということでしょう。

少なくとも、府内の大阪市以外の自治体では、
課長は現場の責任者として、ちゃんと実態を報告してくれるし、
当該自治体の考え方もきちんと話してくれる。

大阪市の24区役所のうち23区役所とは話を終えました。
ちゃんと私たちに現状や最新情報を教えてくれる課長さんもいました。

住吉区役所の介護保険担当課長さん、
あまりにレベルが低いと思いますよ。

25日の土曜日はきもので京都へ

きものが一層楽しい季節になってきました。
今月からきものでお出かけする企画をしてみようと思います。

第一回目は私の大好きなとつておきの京都寺町界隈をご案内しようと思います。

散策のあと晩ごはんを御一緒にいかがでしょうか。

10月25日(土)午後2時に
京都市役所正面玄関にお集まりください。

特に予約は入りません。

どなたでも、きものを着てお集まりください。

丁度、袷が着れる良い時分となります。

御一緒にきものと「観光客が知らない京都」をたのしみましょう。

「きものパスポート」も沢山ゲットしましたのでお持ちします。

手ぬぐい+米ぬか石鹸+カタツムリパックでつやつやですね。

私の籠の中には毎日手ぬぐいがはいってます。

主とした使い方は、食事の時のエプロンがわり。
汗ふきは別にタオルが真夏は3枚、いまは2枚はいってます。

一昨日、ふらりとはいったお店にらおいてあった本。
手ぬぐいもついてます。

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(2013/03/27)
高辺 しおり

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早速、一昨日の夜のお風呂からつかってみたら・・・
手ぬぐいと固形せっけんで体も顔もあらう、ただそれだけで・・

おどくほどつるつるになります。
顔も体も。

特にひじとか、ひざとか、かかととか。

毎日使っていたら、きっとつやつやぴかぴかお肌になりそう。

なぜ手ぬぐいが肌にいいかというと、
もちろん木綿と言う素材もいいんですけど、
手ぬぐいの目の細かさと柔らかさがいいみたい。
お化粧もクレンジングしなくてもいいんです。
石鹸だけ。
楽だ―。

もともと、ボディソープより石鹸をつかっていて、
最近は生協で購入する「米ぬか石鹸」が好きで頭もそれで洗ってたんですけど、

これからは、手ぬぐい+米ぬか石鹸で完璧やね。

洗顔後は「カタツムリパック」なんですけど、
これまたいいんです。

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たっぷりのとろりとした美容液のような化粧水が含まれていて、
1枚100円くらいで、ドラックストアにも売ってます。
これを毎日朝の洗顔後につかっていたら、
乾燥肌だったんですけれど、つっぱらなくなくなりました~。

というスキンケア噺でした。

小麦でいろいろ作るのが面白い。

今日は台風直撃ということで、
一日ひきこもり。

っで、
このところ楽しさ開眼の料理。

今日は、紅玉りんごが届いたので、
りんごケーキを久しぶりに作ってみることに。

久しぶりに出してきた手書きレシピ帳。

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このページがりんごケーキレシピ。
めっちゃ簡単。

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料理は、
特にケーキやパン作りは化学反応みたいなものなので、
分量をきっちり計ることが大事であとは経験。

久しぶりに作りましたがうくまく焼けました。

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っで、一人お茶会しました。
だれかに食べさせたいなあ。

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息子たちはケーキよりパンがいいというので、
パンも焼きました。
定番のソーセージパンとりんごパン。

ケーキの場合はりんごは生のままいれますが、
パンはりんごを砂糖で煮たものをいれます。

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ケーキづくりもパン作りも平行してやりましたが、
二時間あれば出来上がりです。
楽しい~。

手作り餃子はおいしい!!

昨日開催の「反貧困フェスティバル」。

店を出してと言われて、
一人で出すので、なににしよーかなー。

久しぶりに皮から作る水餃子にすることに。

昔、まだ仕事をしていなかった産休・育休時代によくつくったんですよねえ。

作り方は簡単。

基本レシピは
強力粉3:薄力粉2:熱湯2
の割合。

粉をブレンドして、熱湯をいれてこね、30分寝かして、またこねて30分寝かす。
これだけ。

寝かしている間にキャベツとか白菜をみじん切りして塩もみ。
にらとかねぎもあれば同じようにみじん切りして塩もみ。

豚ミンチにすりおろししょうが、オイスターソース、塩、醤油、ごま油少々と
水気をきった野菜をまぜて粘りが出るまでねり、そして寝かす。

一番難しいのは、皮を薄くまるく延ばすこと。

これは、手先の器用な息子が上手なので手伝ってもらいました。
私がつくると綺麗な丸になりません。

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っで、包むのは私。

2日間かけて250個ほど作りました。

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フェスの当日はお湯を沸かして茹でるだけ。
手作り餃子は皮がもちもちで美味しいんです。

3個200円で売りました~。
餃子づくり、楽しかったですね~。

簡単着付け講座、とても喜んでいただきました!

10月4日と11日の土曜日の午前中、
実家の三田の母のお店で
母のお友達や料理の生徒さんを対象に『簡単着付け講座」を開催しました。

着付けにはいくつものヒントがあるのですが、
いくつかのポイントは

◆半衿は安全ピンでつけると簡単
◆補正はしない
◆着つけは襦袢の着方できまるので、襦袢にはじめから紐をつけておくと崩れない
◆腰ひも、伊達締め、コーリンベルトそれぞれ1本ずつあればいい。
◆紐は締めない。括らない。からめるだけ。
◆帯は前で結ぶと簡単。帯は括らない、クリップでとめると痛まない。
◆帯は帯締め1本でとまっているという帯の構造を理解する。

これを2時間で伝授して、あとは練習あるのみ。

どなたでも着れるようになります。

特に前結びは驚きだったようですが、
ものすごく喜んでいたたきました。

講座中の途中余裕がないので写真はなし。
終わってからぱちり。

一回目の生徒さん

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二回目の生徒さん

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いずれも左端は母上。

講師の私。
きものは新潟・小千谷の片貝木綿と麻の半幅帯。

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「簡単着付け講座」、またやりたいな~。

私に勇気をくれる深澤・沢内村村長のことば

来週土曜日の和歌山県高齢者大会の最後のところでお話すべく、
レジュメに深澤・沢内村村長の文章を打ち込みました。

深澤村長の政治理念は、
今を生きる私の心にも勇気を与えてくれます。

この国の政治はいつも国民の命をないがしろにしてきたのです。

そして、岩手の人口6千人の町でできたことが、
全国の自治体でできないはずがないと、
そう、心に響いてきます。

ちょっと長いですが、全文掲載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【保健と私の政治理念】
保健文化賞を受けての深澤晟雄村長の寄稿文
 
私の村は奥羽山系のふところ深く秋田県境に位している岩手県西南部の寒村である。
人口は6500人に過ぎないが、300平方キロ近くの広大な面積(殆どは国有林)を占めている。
地形は帯状で、南北28キロに及ぶ剣道に沿うて7割の住民が住み、
その両側の奥に点在する14部落に3割の住民が住んでいる。

私の村の特徴は次の通りである。
第一は極めて貧乏であること。
日本一貧乏な岩手県の中で最下位に属し、
昭和32年頃は一戸平均23万円の年所得であった(9割迄は米単作を主とする農家)。

第二は極めて不健康であること。
例えば乳児の死亡率は日本一高い岩手県の中で最高位に属し、
昭和32年頃でさえ概ね70%(1000分の1)を示している。

第3は極めて雪の深いこと。
2メートルから3メートルの豪雪のため交通はマヒ状態に陥り、
半年間は雪の牢獄生活を覚悟しなければならない。
岩手県一の豪雪地帯だから、日本有数のランクに入るだろう。

こうした環境の中で、郵便の配達も止まってしまう猛吹雪を恨みながら、
石コロのように死んでいった病人を
あまりにも沢山私は知っている。

口に糊することもできない人達が、
薬草と売薬を信じ、
近代社会や近代医療を嘲りながら死んでいった例を知り過ぎる程私は知っている。

生命の尊重されない政治や世相の縮図のように、
私の村ほど露骨にこれを表したものも少なかろう。

人命の格差は絶対に許せない。
生命の商品化は断じて許せないと考えることに無理があろうか。
このことは感傷的なヒューマニズムでもないし、
人権尊重という民主主義の題目唱和でもない。

それは人道主義とか憲法とかの生ぬるい理念の問題でなくて、
もっと切実な生々しい生命自身、
人間自体の体質的な現実課題であると解するのに何の無理があろう。

生命健康に関する限り、国家ないし自治体は格差なく平等に
全住民に対し責任を持つべきであり、
それは思想以前であり、
憲法以前であり、
ましてや政策以前の当たり前の責務であるというのが私の政治理念である。

この理念を基にして私は生命をおびやかす三条件、
即ち低い意識水準、貧乏、雪の課題解決のため
昭和32年村長就任と共にその具体的努力に入った。

私の諮問機関として保健委員会を設け、
そのメンバーには
議会、教育委員会、社会委員会、婦人会、青年会、区長会、PTA、校長会、農協、病院等の指導者を委嘱し、
専ら組織活用の方法を用いたり、
又部落毎1名計23名の保健連絡員を置いたり、
岩手医大学生に頼んで冬季夏季の大々的保健啓蒙の活動を展開したりした。
更には保健モデル部落を数ヶ所設定したり、
保健婦の養成制度を採用したり、
又保健相談や育児指導にも格別な力を払った。

34年頃の3年間は無我夢中の啓蒙時代であったが、
35年現院長加藤博士(東北大学中村内科の鬼才)を迎えてから反省期に入り、
科学的な体系的な健康管理の方向を辿って今日に至っている。
個人別、家族別、部落別の特徴を捉えた村全体の健康台帳の整備に力を入れている現状である。

生命行政は予防活動から、
予防活動は健康管理から、
健康管理は健康台帳から、
の標語のできたのもこの頃である。

又この頃から東北大(附属病院長中村教授外)、岩手医大(若生教授外)、秋田県平鹿総合病院(立身院長外)、北上保健所(及川所長外)等の指導協力が癒々深まっている。
こうした学識経験者をお招きしての健康管理研究会の生まれたのも当然である。

全住民の10割給付を公約して、
その第一段階として老幼(60歳以上、及び1歳未満)の10割給付を実施したのも35年である。

その後、入所命令をうけない長期結核療養者や伝染病患者に対する10割給付を行い、
又38年には法施行を待たずに世帯主7割給付を4月から実施している。

以上の経緯の中で35年には乳児死亡率低下(25%)による知事表彰及び岩手日報賞を受け、
偶然ではあるが37年には乳幼児死亡ゼロの奇跡に恵まれたのである。

雪の問題も5年間の努力が実って、
昨年は延々50キロの豪雪を突破して盛岡までの定期バスの確保に成功し、
今冬からは離れた小部落の生命を守るために雪上車を病院に備え付けることになっている。

このようにして暗黒社会にも一条の光が射しかけているとは思うが、
あまりにも将来問題が山積みしており、
例えば全住民の10割給付の問題、
妊婦の健康管理や病類別、
特に本村特有の高血圧対策の問題とか、
更には水道、住宅等環境整備の案件などを考えると私の頭が重くなる。

高い段階の政治解決、
いうなれば国の医療制度又は生命行政の抜本的反省を前提とする課題の多いことを思えば
暗然とせざるを得ない。

然し私は自分の政治理念を不動のものと考え、
内にあっては村ぐるみでの努力を惜しまず、
皿に外からの暖かい理解と協力を信じながら、
住民の生命を守るために命を賭けようと思う。

(昭和39年5月)

深澤村長はこの8カ月後の
昭和40年1月28日に道半ばにして帰らぬ人となりました。

しかし、その後もこの村長の政治理念は脈々と村の人々により引き継がれ、
いまもなお、生き続けていることを先月の訪問で知りました。

そして、深澤村長の生き方を、私も引き継ぎたいと思うのです。

普通を認めない大阪市生活保護行政

さっき終わった港区キャラバン。

いろいろあるけど、
生活保護行政について。

病気で大きな手術をしなければならなくなった方。
他の医療機関でも診てもらってセカンドオピニオンを仰ぎたいという、ごくごく当たり前の、常識的な願いが、
「生活保護では1つの病気1医療機関しか認めない」という理由で認められない。


さらに、特定健診、正確には市民健診はみずから申請しないと受診できない。
一般市民は受診券が送られてくるにも関わらず。
その結果、去年一年間で大阪市の生活保護利用者で健診を受けたのは560人しかない。


健康で文化的な最低生活は、その時代の常識で考えられうる健康で文化的な最低生活でなければならない。

普通に当たり前に生きることを大阪市の生活保護行政が阻んでいる。

とういうことに、当局が全く気づいていない。

区役所キャラバンで懇談にでてくるのは課長、課長代理、係長。

現場で利用者に直接対応するのはケースワーカー。

それでも、管理職クラスがまずことの意味を理解することが必要。
この人たちが動かないと行政は変わらないので、丁寧に指摘していく。

今度の日曜日は長居公園「反貧困フェスタ」でお会いしましょう!!

今回で3回目の「反貧困フェスタ」。

私は初めての参加です。

5月の大阪市生活保護行政問題全国調査団で出会った
反貧困のグループのみなさんと
秋の爽やかな一日に取組をすることになりました。

今年のテーマは「子どもの貧困」。

ぜひ、お集まりください。

私は、
「順子ママの水餃子のみせ」を出店いたします。
皮から手造り、余分な添加物は一切なし、
安心の餃子です。

他にもいろんなお店がでます~。

ぜひ来てくださいね!!

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愛しのくーちゃん

今朝のくーちゃん。

ドアップなのは、
私の顔の上にいるからです。

毎朝6時前になったら
「母さん、おなかすきました」と私の顔をつんつんしはります。

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っで、これは2年半前、我が家に来た日のくーちゃん。
薄汚れて貧相なお姿。
門真市の公園で箱の中に子猫が沢山いれられて捨てられていた
その中のひとりです。

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毎日毎日「かわいいね」「おりこうさんだね」と言っております。

7月には8日間いなくなってしまって、大変でした。
でも、帰ってきてくれて、ありがとうね、と毎日言ってます。

その時の顛末はこちら

愛しのくーちゃんです。

きもので10月の京都を楽しみませんか?

10月に入り、
暑いですけど、
でもそれなりに夏とは違う、すごしやすい季節となってきました。


今月からきものでお出かけする企画をしてみようと思います。

第一回目は私の大好きなとつておきの京都寺町界隈をご案内しようと思います。

散策のあと晩ごはんを御一緒にいかがでしょうか。

10月25日(土)午後2時に
京都市役所正面玄関にお集まりください。

特に予約は入りません。

どなたでも、きものを着てお集まりください。

丁度、袷が着れる良い時分となります。

御一緒にきものと観光客が知らない京都をたのしみましょう。

明後日、兵庫県三田市で「簡単きもの着付け講座」開講します!!

兵庫県三田市方面のきもの好きなみなさまへ。

明後日4日の日曜日に「簡単きもの着付け講座」を開催いたします。

箪笥の中にきものがあるけど着れない・・・と言う方、ぜひお集まりください。

わたくしが、簡単にきれる着付けを徹底伝授いたします。

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岩手に行ってきました~その②宮沢賢治と光原社

岩手まできて、ホテルと飛行場の往復だけなんてもったいない!

ということで、もう一泊して岩手を楽しむことにしました。

どこにするか?

色々検討。
あるかたからのアドバイスをいただき、盛岡に一泊して町歩きをすることにしました。


事前に下調べもして、

やはり盛岡には宮沢賢治と縁の深いものがあれこれあるのですが、

光原社は絶対に外せませんね。

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光原社は宮沢賢治が生前にただひとつ世にでた本「注文の多い料理店」を出版したところです。

光原社初代社長の及川四郎さんは、
盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)に学んでいたのですが、
その1年先輩に宮沢賢治がいたのです。

宮沢賢治は成績優秀でユーモアもあり、多くの学友から慕われていました。

卒業後、農業関係の出版社を営んでいた四郎さんに、
親友を通して賢治が出版を頼んできたのです。

光原社という社名も賢治がつけたものです。

大変な労力をつぎ込んだ賢治の処女作(1000冊)は全く売れず、在庫の山と借金を残しました。

しかし、四郎さんはこのピンチをうけて、様々な事業展開をしていきます。

あの南部鉄器を世にだしたのもこのかたです。

光原社は出版事業、鉄器製造販売事業、漆器製造販売事業の3つを展開していくこととなります。

こうした事業をするなかで、庶民の普通の暮らしのなかに美を見いだす民芸運動の提唱者であった柳宗悦と出会い、
そして、東北の民芸運動の中心となっていくのです。

四郎さんは宮沢賢治の処女作を自らの手で出版したことをかけがえのない生涯の喜びだと書いています。

そして、賢治が平和と人間愛を祈願してやまなかったその精神を、
光原社はいまも引き継いでいます。

私が訪ねた現在の光原社は盛岡駅から徒歩でも15分くらいのところの材木町にあります。

店のなかにはいまも庶民が日常に使える食器等であふれています。

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値段は思った以上に安く、てが届くものでした。

これは、民芸は庶民が当たり前に日常で使っているものなのだから、
十万もする芸術品はおかしいという考えからなのですね。

私も、煮物やサラダやちらし寿司をもったら美味しそうだよなぁ、
とイメージ出来る大皿とお鉢を購入しました。

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ずっと佇んでいたいと思うようなお店でした。

岩手に行ってきました①今も脈々と続く深澤村長の志

9月25日から28日まで、岩手に行ってきました。

25日から28日は花巻温泉で開催された中央社会保障学校。

そして、盛岡に移動しもう一泊しました。

社会保障学校では、二日目に旧沢内村(現南和賀村)を訪ね、
沢内村の生命行政と今現在についてを学ぶことが出来ました。

今回の岩手行きは、
奇しくも沢内村深澤村長と宮沢賢治を重ね合わせて学ぶ旅なりました。

2012年の「住民運動のための国保ハンドブック」を作成する際に、
国保の歴史を今一度学ぶこととなり、
野村拓先生から雑誌「岩手の保健」の貴重な資料を託され、読みました。

そして、沢内村についても学び直すために、
沢内村関係のあらゆる書籍を購入して読み、かなり勉強をしました。

村長ありき―沢内村 深沢晟雄の生涯村長ありき―沢内村 深沢晟雄の生涯
(2008/07)
及川 和男

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沢内村奮戦記―住民の生命を守る村沢内村奮戦記―住民の生命を守る村
(1983/03)
太田 祖電、増田 進 他

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沢内村とともに―乳児死亡率ゼロ達成のかげに沢内村とともに―乳児死亡率ゼロ達成のかげに
(2004/08)
深沢 力

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野の花―岩手の母子保健に生きた人々 (1982年)野の花―岩手の母子保健に生きた人々 (1982年)
(1982/06)
畠山 富而

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でも、実際に足を運んで
その土地を見て感じること、
そこにいる人に直接話を聞くことは、
書籍からえた知識や理解とはまた違うものだということを実感しました。

沢内村にいくには花巻温泉からバスで山のなかを一時間以上は走らなければならないのです。

冬はさらにその道が雪に埋もれるのです。

想像を絶する自然のなかに沢内村はありました。 

お話を伺った高橋和子さんは沢内村の元保健婦さんで、村議会議員も勤められていた方。

でも、深澤村長が亡くなってから仕事についておられるので、深澤村長と一緒には仕事をされていません。

つまり、沢内村の生命行政、命を守ることを最優先する行政は
深澤村長亡きあとも、深澤村長の志を引き継ぐ人々によって脈々と続いてきたのですね。

高橋和子さんのお話しで興味深かったのは、
地域ぐるみで住宅改良の運動をしたという話でした。

沢内村は11月には雪が降り始め、6月頃まで溶けずに残った雪があるといいます。

茅葺き屋根は雪が滑らず積もってしまうのと、
回りが全部雪に埋もれるので、ずっと日に当たらないまま家のなかで過ごすので
子どもたちの生育も悪い。

それで、集落全体で皆で話し合い住宅改良に取り組んだそうです。

床を高床にして、屋根も茅葺きをやめ、雪が滑り落ちる角度にして。

費用はどうしたか。

「結(ゆい)」でやったと。

結(ゆい)というのは各地にありますが、労働力の助け合いというようなものですね。
沢内村でも、おカネではなく食糧や労働力の助け合いで家々の建て替えをすすめていったそうです。

不動産を一から建て替えていく訳ですから、いろんな事を乗り越えていかなければならなかったはずです。

それを、地域ごとの徹底的な話し合いで進めていった沢内村の住民自治の力はすごいですね。

沢内村には「三せい運動」というのがあって、
一人一人がせい、
話し合ってせい、
みんなでせい、
と。

民主主義をとても簡単な言葉で表してるなあと思いますね。

深澤村長をリーダー、ヒーローのように言う人がいますが、
深澤村長は人を見つけ出し、育てた人なんですね。

2005年、沢内村は隣の湯田町との合併で岐路に立ちます。

湯田町は温泉観光で一時期は活況をきたしたこともあるのですが、現在はそれも廃れていました。

行政姿勢が全く違う自治体が一緒になるのは困難で、湯田町は沢内病院は無駄だと主張しましたが、
沢内村は「沢内病院と老人医療無料化は合併の第一条件」と突っぱね、存続を果たしたのです。

高橋さんによると、旧沢内村の高齢者と旧湯田町の高齢者では健康状態も一人当たり医療費も大きく違うそうです。
これは、長年の沢内村の予防医療の賜物でしょう。


今日から10月。

沢内病院は町の中心部に移転し「西和賀沢内病院」として新規オープンします。

白い大変美しい建物は、沢内村の人々の誇りのように見えました。

昭和36年、二度めの村長選挙のとき、深澤村長は「生命行政」一本で闘いました。

「今の世の中は、生命さえ商品扱いてあります。生命の商品化は絶対に許されません。人間尊重、生命尊重こそ政治の基本てなければなりません。沢内村野蛮条件の解消こそか、すべての行政に先んじておこなわなければならないのです」

この村長選挙演説は、いまに置き換えてもおなじことです。

この国は、いつだって生命をないがしろにしてきた国なのです。

でも、岩手の秋から春まですさまじくも厳しい雪に閉ざされた人口6000人足らずの沢内村が
村民の命を第一に掲げた「生命行政」を進めてきた歴史と、
そして、いまなお受け継がれていることを知ったこと。
本当に勇気と希望がわいてきましたね。

私は、これからのすべての学習会の最後に、沢内村の話をしようと考えています。

何故なら、
人は理屈ではなく、心を揺さぶられたときに大きな力を出せると思っているからです。

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crecre

Author:crecre
大阪の社会保障のことなら何でもまかせて・・・といえるようになりたいと日々勉強勉強
大好きなものは・・・
着物、旅行、露天風呂、読書、映画、足つぼマッサージ、料理(なんでも作ります。特にパスタははっきりいって、そのへんのイタリアンには負けませんし、時間さえあればピザも生地から、餃子も皮からつくります。煮物も大得意です。最近パンも焼いています)
大好きな人たちとの楽しいおしゃべり+美味しいお料理。
表計算ソフトのエクセル・統計が大好きです。
大切なものは・・・もちろん2人の息子、そして三匹のにゃんず。
性格は・・・非常に前向き、後ろは殆ど振り向きません。

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