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人々の闘いを、運動の歴史をもっと学ばなければならない

今回の熊本での中央社会保障学校は全体的にもとてもよかったのですが、

でも、何よりも、水俣病フィールドワークが秀逸でした。

そして、次回の社会保障学校でも、

その地域の運動を、闘いを知る機会を盛り込むべだと思います。

水俣では、現在も運動が継続しているため、

闘いを語る人たちがいまも沢山おられます。

この方は、水俣協立病院初代事務局長だった小崎さん。

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後ろに見える小高い丘の下にはチッソの廃棄物の貯蔵プールが埋まっています。

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そして、その廃棄物はどんどんと土を押し出し、
もともと真っ直ぐだった堤防は、このように曲がってしまったのです。

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もし、地震で土砂崩れがあれば、
そして津波などがあれば、
この貯蔵プールの廃棄物はまた海に流されてしまうことは容易に想像できるのです。

これはまるで、今の東電が福島でやっていることと同じことです。

チッソの工場の全景を撮り忘れましたが、

チッソの敷地の外には濠があり、
水銀などの廃棄物はその濠を通って
この排水溝から川から海へながされました。

いまは形が変わっていますが、この場所です。

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この排水溝は「百間排水口」といわれています。

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いまは埋め立てられ、海がかなり先になっていますが、
不知火湾はいまも昔もとても穏やかで綺麗で
そして、魚の宝庫だったのです。

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そして、人々は魚をまさに主食として
三度三度、皿いっぱいにたべていました。

ここは海に最も近い集落で、

初めての患者がでたのもここで、
そしてすべての家から水俣病患者が出たのです。

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たたかいの集大成である「水俣病資料館」が水俣市の手で運営されていました。

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展示物を撮影することは許されなかったのですが、
このなかにあるものはすべて闘いの記録でした。

もし、水俣の闘いを、大阪でお聞きしたら、
なに臨場感なく感じることはできなかったでしょう。

やはり、水俣にいてこそ、

現場をみてこそのことだったでしょう。

一昨日、いまもなお「ノーモアミナマタ」第二次訴訟で闘い続けている松岡さんは

「私は絶対にあきらめない、闘いつづける」と決意を込めて私たちに語りかけました。

そして、私は、水俣の闘いを絶対に忘れません。

また、行きます。仲間たちと一緒に。
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プロフィール

crecre

Author:crecre
大阪の社会保障のことなら何でもまかせて・・・といえるようになりたいと日々勉強勉強
大好きなものは・・・
着物、旅行、露天風呂、読書、映画、足つぼマッサージ、料理(なんでも作ります。特にパスタははっきりいって、そのへんのイタリアンには負けませんし、時間さえあればピザも生地から、餃子も皮からつくります。煮物も大得意です。最近パンも焼いています)
大好きな人たちとの楽しいおしゃべり+美味しいお料理。
表計算ソフトのエクセル・統計が大好きです。
大切なものは・・・もちろん2人の息子、そして三匹のにゃんず。
性格は・・・非常に前向き、後ろは殆ど振り向きません。

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