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岩手に行ってきました~その②宮沢賢治と光原社

岩手まできて、ホテルと飛行場の往復だけなんてもったいない!

ということで、もう一泊して岩手を楽しむことにしました。

どこにするか?

色々検討。
あるかたからのアドバイスをいただき、盛岡に一泊して町歩きをすることにしました。


事前に下調べもして、

やはり盛岡には宮沢賢治と縁の深いものがあれこれあるのですが、

光原社は絶対に外せませんね。

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光原社は宮沢賢治が生前にただひとつ世にでた本「注文の多い料理店」を出版したところです。

光原社初代社長の及川四郎さんは、
盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)に学んでいたのですが、
その1年先輩に宮沢賢治がいたのです。

宮沢賢治は成績優秀でユーモアもあり、多くの学友から慕われていました。

卒業後、農業関係の出版社を営んでいた四郎さんに、
親友を通して賢治が出版を頼んできたのです。

光原社という社名も賢治がつけたものです。

大変な労力をつぎ込んだ賢治の処女作(1000冊)は全く売れず、在庫の山と借金を残しました。

しかし、四郎さんはこのピンチをうけて、様々な事業展開をしていきます。

あの南部鉄器を世にだしたのもこのかたです。

光原社は出版事業、鉄器製造販売事業、漆器製造販売事業の3つを展開していくこととなります。

こうした事業をするなかで、庶民の普通の暮らしのなかに美を見いだす民芸運動の提唱者であった柳宗悦と出会い、
そして、東北の民芸運動の中心となっていくのです。

四郎さんは宮沢賢治の処女作を自らの手で出版したことをかけがえのない生涯の喜びだと書いています。

そして、賢治が平和と人間愛を祈願してやまなかったその精神を、
光原社はいまも引き継いでいます。

私が訪ねた現在の光原社は盛岡駅から徒歩でも15分くらいのところの材木町にあります。

店のなかにはいまも庶民が日常に使える食器等であふれています。

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値段は思った以上に安く、てが届くものでした。

これは、民芸は庶民が当たり前に日常で使っているものなのだから、
十万もする芸術品はおかしいという考えからなのですね。

私も、煮物やサラダやちらし寿司をもったら美味しそうだよなぁ、
とイメージ出来る大皿とお鉢を購入しました。

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ずっと佇んでいたいと思うようなお店でした。
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プロフィール

crecre

Author:crecre
大阪の社会保障のことなら何でもまかせて・・・といえるようになりたいと日々勉強勉強
大好きなものは・・・
着物、旅行、露天風呂、読書、映画、足つぼマッサージ、料理(なんでも作ります。特にパスタははっきりいって、そのへんのイタリアンには負けませんし、時間さえあればピザも生地から、餃子も皮からつくります。煮物も大得意です。最近パンも焼いています)
大好きな人たちとの楽しいおしゃべり+美味しいお料理。
表計算ソフトのエクセル・統計が大好きです。
大切なものは・・・もちろん2人の息子、そして三匹のにゃんず。
性格は・・・非常に前向き、後ろは殆ど振り向きません。

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